HOKUTO通信
1年前
名医が印象に残っている出来事を振り返り、 当時の心境や裏話を語り継ぐ新企画 「名医の回顧録」。 初回は、 九州大学大学院泌尿器科学分野教授で日本泌尿器科学会理事長の江藤正俊先生に、 腹腔鏡手術の黎明期に起きたある事件について聞いた。
「当時は泌尿器科における腹腔鏡手術の黎明期でした。 より高度な手技が求められる手術も広がりつつあり、 私もトレーニングを受けていました」
2002年4月に九州大の病棟医長となり、 手術を数多く執刀していた。 当時、 腹腔鏡下の前立腺摘除術や腎部分切除術のような縫合操作を伴う難度の高い手術は一部のエキスパートが執刀しており、 自身も助手を務めたり、 手術見学をしたりしていた。
そんな時、 ある事件が起きた。 2002年末、 腹腔鏡下前立腺摘除術を受けた患者が死亡し、 医師3人が逮捕されたのだ。
「最先端技術へのチャレンジなのか、 無謀な手術なのか、様々な議論が巻き起こりましたが、 医療者側に責任があるとするマスコミの報道が圧倒的に多かったです。 テレビのトップニュース、 新聞の一面記事が続き、 異常なまでの過熱ぶりでした」
「正直なところ、 私も腹腔鏡手術で何かあれば新聞沙汰になるだろうという覚悟を持ってやっていました。 持たざるを得ませんでした。 それほど追い詰められた重い空気感でした」
この事件が起こるまでは、 縫合操作を伴う難度の高い腹腔鏡手術が早く浸透すると信じていた。
「初めて腹腔鏡下前立腺摘除術を見た時は感激したことをはっきり覚えています。 開腹手術では骨盤の奥にあって見えづらい前立腺がドアップで見えて、 出血も少なく回復も早いんですから」
ただ、 腹腔鏡下前立腺摘除術を全国で進めようという流れはいったんストップした。 腹腔鏡下前立腺摘除術が保険収載されたのは、 当初予測より数年遅れた2006年。 くしくも、 医師3人に東京地裁の有罪判決が出たのと同じ年だった。
一方、 この事件をきっかけに学会主導で手術の技術を担保しようという流れも起きた。 日本泌尿器科学会と日本泌尿器内視鏡学会 (現、 日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会) では2004年、 泌尿器腹腔鏡技術認定制度がスタートした。
「残念な事故でしたが、 ほとぼりが冷めるのを待っていては意味がないという意識が周りの医師にもありました。 それが、 世界でも珍しい外科医の技術を学会が担保するという流れにつながったのです」
審査は、 未編集の手術動画を誰が執刀したか分からない状態で採点される。 患者の身体に負担を与えかねない動きをすると減点される採点方式で、 江藤先生は初回審査で認定された医師の一人になった。
近年はda Vinci (ダビンチ) など手術支援ロボットが主流となっている。
「腹腔鏡手術では縫合箇所によって針の持ち方が細かく決まっていて、 慣れていない医師はそこで手間取る。 ロボは関節が自由に動くので、 医師の負担も減り、 習熟も早くなる。 こういった技術の進歩はまさにサイエンスであり、一部のエキスパートだけでなく広く使えるようになった現状はとても喜ばしいことです」
「私達の世代は開腹→腹腔鏡→ロボットと段階を踏んできましたが、 今の若い先生は開腹手術や腹腔鏡手術の経験を積まず、 いきなりda Vinci というケースもあります。 外科系全体に言えることですが、 ロボ手術などで仮にトラブルが起きた時、 開腹に切り替えるなどの対応をどうするかという課題に直面しています」
新たに浮き彫りとなりつつある課題をどう克服するのか。
「例えば、 手術ロボの3D映像で精緻な解剖を理解することで、 開腹手術の技術も補うということも考えられます。 一方、 腹腔鏡手術も減っているので、 認定制度の実効性を高めるためにもロボ手術も対象に加える方向で進みつつあります」
「最先端の技術を高めることはもちろん、 基本的な手技を磨き続けることも重要です。 若い先生にはそのバランスを保ちながら、 挑戦と学びを続けてほしいです」
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。