寄稿ライター
17日前
医療訴訟が珍しくなくなった今、 医師は法律と無関係ではいられない。 連載 「臨床医が知っておくべき法律問題」 9回目のテーマは 「医療事故調査制度を巡る問題」。
医療事故調査制度が医療法に位置付けられ、 「事故調査」 が多くの医療機関で行われている。 ただ、 この調査が実にいい加減なものかは身をもって体験している。
私は訴訟で、 多くの医療事件を担当している。 病院の医療事故調査で 「医療過誤」 と認定された事案を、 訴訟の中で逆転してきた経験も多い。
しかし、 調査でいったん 「クロ」 と認定されると批判にさらされる。 稀代の医療冤罪事件として有名な、 ある大学の心臓血管外科の事案では、 大学の事故調査委員会が医師の責任を認定した。 訴訟ではそれが覆され、 大学側は 「衷心からの謝罪」 を行う羽目になった。
医療崩壊が叫ばれ、 医療バッシングのターニングポイントとなったある県立病院の産婦人科での事案でも、 県の事故調査で 「有責」 とされたことが刑事事件化の端緒となっている。 他人の診療の批判的検討は、 批判された医師の人生を狂わせ、 取り返しのつかない結果を生むことが多い。
一方、 一般的に傷病は進行すれば特徴的な所見や症状をきたすことから、 「後医は名医」 との格言を生んでいる。 中には、 前医の治療を批判して訴訟に結びつくような発言をし、 訴訟で患者側の証人で出てくるような医師もいる。
ほかの医師の悪口を患者に言うような医師にまともな者はいない。 そのような後医の診療記録を見ると、 余計にひどいことをしていることも多いのである。
ただ、 前医と後医の関係は、 自分もその患者を診療するので、 自説の実証はされているし、 同じ立場としてある意味の責任も負っている。 ところが、 第三者委員会や事故調査委員会は、 いわば自分は安全地帯にあり、 言いたい放題となる側面が否定できない。 SNSによる医師バッシングも同様だ。
暴走がしばしば起こり、 無知と勢いでは誰にも負けない元気な検察官の手にかかってしまうと、 一気に刑事事件に発展する。
ところが、 最近、 そのような動きにストップがかかるようになった。 SNSでの書き込みでも、 プロバイダー責任制限法によって発信者開示が行われ、 発信者は安全地帯というわけにもいかなくなった。
「いいね!」 だけでも賠償責任があるという判決 (東京高等裁判所判決令和4年10月20日 : 国会議員が誹謗中傷記事に25回もいいねしており、 特殊事情でもある) も出ている。
あまりに首をかしげるような医療事故調査に対しては、 強い批判も表明されるようになった。 2022年11月、 愛知県内の集団接種会場で42才女性がワクチン接種後に急変、 心肺停止状態となり、 心肺蘇生を行いつつ後方病院に搬送されたが、 そのまま死亡するという事例を見てみよう。
院内の医療事故調査委員会は2023年9月に記者会見するとともに、 調査報告書を全文公開。 これを受け、 遺族は損害賠償を求めて提訴し、 関係者を刑事告訴することを決めたという記事もある (実際は違うという記事もあるが・・・)。
報告書の内容も疑問である。 その前に、 記者会見して報道されれば、 接種担当の医師が簡単に特定される恐れがあるのに、 あえて会見したことはいかがなものか。
これに対し、 東京保険医協会は今年3月、 この調査委員会の委員長が、 医療事故調査支援機構の医療事故調査・支援事業運営委員会の委員長だったことを重くみて、 解任を求める意見書を公表している。 この委員長は、 医療事故調査で患者側の弁護士を委員に入れるなど、 およそ医療法に定める医療事故調制度の趣旨とは全く相いれない運用を展開している。
今年7️月には、 名古屋第二赤十字病院で、 SMAによる消化管圧迫があった患者が死亡した事案の医療事故調査で、 あたかも初療の研修医が診療過誤を行ったせいだといわんばかりの報告書が公表され、 全国ニュースとなった。 これには多くの医師が憤慨しているが、 報告書を読むだけで首をかしげる内容である。
ほかにも枚挙にいとまがないが、 マスコミも他の医師も、 「医療事故」 だとして診療経過の詳細も知らず、 安易に後知恵で批判することは、 当該診療を担当した医師の医師生命を絶つこともある。 非倫理的な唾棄すべき悪行として厳に慎むべきであろう。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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