インタビュー
3日前

誰しも立ち止まり、 迷い、 そして踏み出した人生の瞬間がある。 医師の原点や転換点にフォーカスするインタビュー企画 「Doctor’s Career」。 今回は、さいたま市立病院腫瘍センター科長の関根克敏先生に話を聞いた。 (全3回の第1回)
医師に憧れを抱いたのは幼稚園の頃。 体が強くなく、 病院に通うことが多かった。
「子どもながらに、 “この先生は好き”“あの先生は苦手”と感じていました。 医師という仕事の中に、 患者に安心感を与えられる影響力があるのだと、 無意識のうちに感じていたのかもしれません」

やがて医学部受験を経て、 慶應義塾大学医学部に進学。 学業と陸上部活動の双方に全力で取り組み、 学びたいことを学べる喜びを感じていた。
周囲の学生が卒業前におおよその進路を決めていく一方、 自身はなかなか定まらなかった。
「分子生物学や発生学は面白い。 でも、 幼少期に憧れた小児科にも惹かれるし、 内科診療にも面白さを感じた。 どれも“決め手”にならなくて…。 決めきれないまま卒業しました」
初期研修は現在所属するさいたま市立病院で行った。 ローテーションを通して科を絞るつもりだったが、 一つに決めきることができなかった。

「周囲の研修医たちは次々と進むべき道を決めていく。 自分は優柔不断なのかもしれない。 でも、 逆に“何でも面白く見えてしまう”からこそ決められなかった部分もあると思います」
迷いが消えぬまま初期研修が終わる頃、 大学時代の恩師から声がかかり、 慶應義塾大学大学院の解剖学教室に進むことになった。

研究室では医師ではないnon-MDが多く、 毎日研究に没頭する環境だった。
「指導教官から“研究をするより先に医師としてのキャリアを積みすぎると、 過去の方法を踏襲しようとする習慣がつき、 新しい発想が生まれにくくなる”と言われました。 研究の世界では“誰もやっていないテーマを探す”姿勢が重要だと学び、 医師とは違う視点を得ました」
基礎研究を積み重ねる中で、 シグナル伝達経路の一つを明らかにし論文として発表。 研究者としての結果も残した。
博士課程修了が近づく頃、 救急外来や健診のアルバイトで臨床に触れたことで、 忘れかけていた思いが蘇る。
「元々、 医師になりたいという夢を抱いて医学部に入ったんだよな、 と改めて思い出したんです」
臨床医として働くことを心に決め、 研究と並行して臨床の勉強を始めた。

編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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