神奈川県内科医学会
1ヶ月前
日本肝臓学会が発表した 「奈良宣言」 (ALT 30超での受診推奨)。 しかし医療現場ではどう受け止められているのか?プライマリ・ケア医と産業医を対象とした意識調査から、 その実情と課題に迫ります。
2023年6月、 日本肝臓学会は肝機能の指標であるALT値が 「30超」 の場合、 まずはかかりつけ医などへの受診を勧める 「奈良宣言」 を発表しました。 この新基準は、 健康診断を担うプライマリ・ケア医や産業医に新たな対応を求めるものです。 しかし、 この基準がそのまま専門医への紹介につながると、 オーバートリアージ (過剰な紹介) が発生するとの懸念もあります。
そこで、 私たち神奈川県内科医学会 肝・消化器疾患対策委員会は、 プライマリ・ケア医と産業医を対象に、 「ALT over 30」 への意識と対応に関するアンケート調査を実施しました。
調査の結果、 「奈良宣言を知っている」 と回答した割合は、 プライマリ・ケア医の中でも肝臓・消化器病の専門医では86.0%と高かった一方、 非専門医では39.1%と低い結果でした。 産業医では半数以上が認知していました。
「ALT 30超で専門医への受診勧奨が可能か」 という問いに対して 「可能」 と答えた割合は、 プライマリ・ケア医の非専門医で33.0%、 産業医ではさらに低く (専属17.6%、 嘱託7.7%)、 多くの先生がこの基準での紹介を困難と考えている実態が明らかになりました。
実際に専門医へ紹介するのが妥当と考えるALT値については、 プライマリ・ケア医の非専門医と産業医の7割以上が 「50 IU/L以上」 と回答しており、 宣言が示す基準との間に意識の差が見られました。
「ALT 30超」 での受診勧奨に否定的な理由として、 自由回答では 「対象者数が多すぎて対応が困難」 といった現場の負担感を指摘する声や、 「まずは肥満度・飲酒量などを聴取し、 悪化しない限り経過観察する」 といった意見がみられました。
本調査は、 プライマリケア医と産業医の間でALT値の基準に関する認識差や、 非専門医を中心とした奈良宣言の認知不足が示唆されました。 これを踏まえ、 今後の対応として以下の点に注力する必要があります。
啓発活動の強化: 専門学会だけでなく、 地域医師会を通じたさらなる啓発活動が求められます。
複合的な対策: ALT値に加え、 飲酒量の詳細聴取、 肝炎ウイルス感染確認、 Fib-4 indexの活用など、 多角的な手法を取り入れることでオーバートリアージを防ぐことが可能です。
連携促進: プライマリケア医と産業医の間で、 肝機能異常に対する精査や専門医への紹介基準に認識の差がある現状を改善することは、 患者が適切なタイミングで医療を受ける機会を確保する上で重要です。
さらに、 神奈川県内科医学会ではホームページ上に 「肝疾患簡易抽出シート」 Flowchart (Liver Disease Diagnostic Tool) を公開しています。 このFlowchartを活用することで、 飲酒量や肝炎ウイルス感染状況、 Fib-4 indexの計算が容易になり、 専門医療機関への紹介が必要な症例を効率的に抽出することができます。 このようなツールを積極的に日常診療で取り入れることは、 肝疾患の原因を早期に特定し、 限られた医療資源を最適に配分するために極めて重要な役割を果たすと考えられます。
>>Liver Disease Diagnostic Tool はこちら
肝疾患患者が適切なタイミングで質の高い診療を受けられるよう、 医療従事者一人ひとりが意識を共有し、 連携を深めることが肝要です。 「肝疾患簡易抽出シート」 Flowchartを日々の診療に活用いただき、 患者の利益に繋がる適切な医療提供に役立てていただけますと幸いです。
担当 : 永井 一毅¹⁾²⁾ *
岡 正直¹⁾³⁾ 今井 鉄平⁴⁾ 松丸 克彦⁵ 米田 正人¹⁾⁶⁾
論文名: 「ALT over 30: 奈良宣言」 に関するプライマリ・ケア医と産業医の意識調査
著者: 永井 一毅、 岡 正直、 今井 鉄平、 ほか
掲載誌: 肝臓 66巻5号, 205-208 (2025)
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。