寄稿ライター
2ヶ月前
「手術の傷がずっと痛む。 傷害罪で訴えてやる!」 こんな訴え、 あり得ませんよね?ですが、 腹部に刃物を突き立ていることは事実です。 連載 「弁護医師が説く 医師と刑法のハナシ」 の3回目は、 「違法性」 とは何か、 ひもといてもらいます。
刑法総論の一番大きな問題は、 「違法性」 の有無と言っても過言ではない。 違法とは、 言い換えれば 「悪い」 ということである。 人を殺すとなぜ 「悪い」 のか。 子供に問われた場合、 いろいろな回答が考えられるが、 大きく 「それは犯罪だし、 法律で禁止されているから」 と 「残された人が悲しむから」 の2つに分けられよう。
前者は、 わが国の立法過程は独裁者が勝手に作るのではなく、 多数決民主主義で国民の声を踏まえて立法されるという建前がある。 「みんながいけないことだと思っているから」 という意味ととらえることができよう。 このように 「社会通念で悪いと思われていることをすることが悪いこと」 という考えを 「行為無価値論」 という。
一方、 後者は悲しむという以上、 大事な価値のあるものを喪失したということなのだろう。 その 「大事なもの」 は 「法益」 と呼ばれ、 法令が刑罰を科してまで守ろうとするものだ。 「悪いのは大事なもの (法益) が失われるという結果が生ずるからだ」 という考えを 「結果無価値」 という。
この 「法益概念」 はとても大事で、 前回のテーマであった 「構成要件」 (法律の条文に記載されている事項) を解釈する際には 「この条文は一体どのような法益を考え、 それを刑罰を付して守ろうとしているのか」 が問題になる。
例えば恐喝罪 (刑法250条) という犯罪がある。 リットマンの高額な聴診器を医局に置いておいたら、 同室の同僚がどうも勝手に持って行ったらしい。 外来が終わった件の同僚をつかまえ、 「オレのリットマン返せよこの野郎」といってすごむと、 同僚がしらばっくれようとするので 「無麻酔で挿管するぞ」と胸ぐらをつかんだとする。
脅迫罪 (刑法222条1項) や暴行罪 (刑法208条) は、 この程度の行為でも告訴されたら成立しないとはいえない。 なので粗暴な行為はやめた方が良いが、 この場合は恐喝罪まで成立するかが問題になる。
恐喝罪が保護する法益を 「所有権」と考えるなら、 自分のものを取り返す場合には成立しないことになる。 だが、 事実上持っているという状態 (「占有」 という) を保護法益と考えるのであれば、 たとえ自分の所有物であっても、 恐喝罪まで成立してしまうことになる。 付言しておくが、 この程度の暴行であれば強盗罪までは通常認めないと思われる。
犯罪の構成要件は、 上記のような 「法益が何か」 という点を議論しているように、 法益保護を目的に作成されている。 しかし、 構成要件に該当しても、 刑罰を科すべきでないようなケースは実は多い。 特に医療行為などはそうであろう。 人の腹部に刃物を突き立て、 内臓を切り取って摘出する行為は、 ホラー映画の悪役が行えば、 おぞましい犯罪となる。 一方、 ゴッドハンドの外科医が行えば崇高な救命行為である。
両者は何が違うのか。 外形的には人の体に傷をつけているのだから傷害罪 (刑法204条) に構成要件に該当するといえる。 皮膚を切開し、 臓器を摘出することについてはしっかり認識があるのだから、 故意行為でもある。
勿論、 患者の救命目的という主観的な点で両者は異なるが、 傷害罪の構成要件に目的の有無は記載されていない。 例えば背任罪 (刑法247条) は、 医療法人の理事長が法人に不相応な土地を買って法人に大損害を与えても、「法人を潰してやれ」 などの目的を持って買わない限り成立しない。
外科医の行為が犯罪にならない理由は 「違法性がないから」 と解釈されている。 すなわち傷害罪の構成要件には当てはまるが 「悪いことではない」 からである。
つまり、 技術を持った医師が治療目的で適切な手術を行っているから悪くないといえる。 さらに生命身体を救う、 良くするという結果に向けての手術だから、 法益がむしろ向上する行為となるので、 違法性がないことになる。
別の見方では、 患者が手術を希望している (傷害罪の保護法益である身体を患者が医師に委ねている) ので、 法益として失われるものではなく、 「悪くない」 ともいえる。 冒頭に述べた 「行為無価値」 「結果無価値」 のどちらで考えても悪いことではないので、 医師は仕事ができるのである。
通常は違法とされる行為の違法性を否定する事由を 「違法性阻却事由」と呼ぶ。 正当防衛 (刑法36条) や緊急避難 (刑法37条) などは刑法典の条文に書いてある。 医療行為は、 条文にはっきり書いていないので議論が多いが、 「違法性阻却事由」 とされる。
編集・作図:編集部、 監修:所属専門医師。各領域の第一線の専門医が複数在籍。最新トピックに関する独自記事を配信中。
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